2025/04/21 20:59

静寂のホールに残響が消えきらぬうちに――
空間の奥に“異質な歪み”が発生した。
最初は空気の変化だけだった。
目には見えない、けれど本能が拒絶する何か。
アキラはそれを、皮膚で感じ取った。
「……なにか来る」
彼の声に、Kが即座に応じる。
「アキラさん、前方座標のエネルギー密度に変化……。これは“生体反応”です!」
「生体って……この場所、俺たち以外に“人間”はいないはずだろ?」
「はい。しかしこの反応は、人間よりも……むしろ腫瘍に近い波形です」
「腫瘍……?」
その瞬間、床面の一部が“濁った赤”に染まった。
まるで都市そのものが血管の内部に変貌していくように、
壁という壁に黒い血流のような筋が走り始めた
そして――現れた
それは“人の形”をしていた。
だが、あきらかに人ではなかった。
黒いスーツを着た男。
顔は人間と見分けがつかないほど精巧にできている。
だが、その瞳には光がない。
笑っているのに、笑っていない。
話しているのに、言葉が届いてこない。
「お久しぶりですね……アキラくん」
ぞくり、と背中を走る冷気。
その声に覚えがあった。
だが、思い出せない。
「誰……だ、お前……」
「ああ、まだ名前を呼ばれていなかったか。
**“大矢”**だよ。
君と同じ“セブンセンシズ計画”の中で、“捨てられた方のプロトタイプ”さ」
Kが前に出て、タブレットを構える。
「反応値……急激上昇。彼は……もう人間ではありません!
彼の構造は……自己増殖性、他者依存性、浸食性……これは、がん細胞そのものです!」
「ああ、そうとも。僕は進化した。
人間が神になろうとする時、必ず“裏の神”が生まれる。
君たちが“神の遺伝子”を目指すなら、僕はその**“拒絶遺伝子”**として存在するんだ」
彼の背後に、影が広がった。
まるでウイルスのように、都市の壁が変形し、
**無数の黒い“影の人型”**が立ち上がる。
一体ではない。
これはもう“個”ではない。
都市の神経ネットワークそのものに“がん”が転移している。
「これが……闇のセブンセンシズ……?」
アキラの手が自然と拳を握っていた。
「そうだよ、アキラ。
君たちは、“90%を目覚めさせる計画”だろう?
でも、目覚めるのは“光”だけじゃない。
眠っていた“闇”も、いっしょに目を覚ますんだ」
大矢が笑った瞬間、
都市の明かりが一斉に赤黒く染まった。
Kのタブレットが悲鳴のように警告を発し続ける。
「このままでは……都市が、彼らに支配されます!
思念ネットワークが“汚染”されています!」
アキラは、リンのことを思った。
彼女の光――宇宙から届いた“音”は、確かに“神性”そのものだった。
だがそれは、同時に**“闇のセンサー”でもあった**のだ。
彼女が光を呼べば、必ずその影も現れる。
「アキラさん……どうしますか?」
Kが問う。
「ここで、逃げるという選択もあります。
しかし、それは彼らに都市を明け渡すことと同義です」
アキラは静かに言った。
「逃げねぇよ」
そして、共鳴スーツの胸部が強く発光した。
青白い電流が彼の背中に走り、都市の空気が一瞬だけ震えた。
「これが修行場なら、ちゃんと“ぶつかって”成長しなきゃ意味ねぇよな」
「了解しました、アキラさん。
では、サポートプログラム“ゼロ・コード”を起動します」
アキラの背後に、六角形の記号陣が展開した。
そこには、彼の思考そのものが組み上げた、精神構造の武器群が並び始めていた。
目の前の敵は“がん”だ。
だが、それを拒絶するのではない。
理解し、乗り越え、“光に変える”覚悟を持って向かう。
これが、“セブンセンシズ”の覚醒条件。
ただ目覚めるのではない。
“己の闇ごと、抱きしめて進む者”こそ、真の覚醒者となる。
――そして、戦いが始まった。
アキラの拳が、初めて都市の構造に“反響”を刻んだ――。