2025/04/16 07:28



風が吹いていた。

だがそれは、どこか作り物めいた風だった。
音はある。空気も動いている。なのに、何かが違う――そんな違和感。

 

アキラはゆっくりと目を開けた。
視界に広がるのは、かつて見たどんな都市よりも静かで、美しい場所だった。
宙に浮かぶ幾何学的な建築、神経細胞のように伸びる透明な歩道、
そして空中を舞う光子の粒は、意識の断片が視覚化されたようだった。

 

「……ここが、シン・メルディータウン……」

彼は小さく呟いた。

 

旧メルディータウンは、日本政府が建設した軍事研究拠点だった。
だがこの場所は違う。
肌でわかる。空気が違う。
もっと深くて、静かで、そして**“魂に直接響いてくる”**。

 

ここは、人間のために作られたのではない。
アキラの直感が、そう告げていた。

これは“宇宙人メルディー”が作った、魂を目覚めさせるための“修行場”。

 

都市全体が、まるで“脳”の構造を模していた。
建築物はシナプスのように接続され、空に浮かぶ光のラインは神経伝達のように脈動していた。
それは、宇宙を俯瞰した姿でもあり、脳を拡大した顕微鏡映像のようでもあった。

 

アキラは胸元を見下ろした。
黒いボディスーツの中央が、淡く青白い光を灯していた。
これは“スーツ・オブ・共鳴”。
身体と脳波、そしてこの都市そのものとシンクロするための装備だ。

 

歩き出すと、足音が路面に優しく響いた。
誰もいない街。
いや、それすらもただの思い込みなのかもしれない。

 

この都市が現実なのか、仮想なのか。
それとも――自分自身の**“意識の内側”**なのか。
彼には、まだ判断がつかなかった。

 

そのときだった。

 

後方から、柔らかく、それでいて芯のある声が響いた。

「アキラさん、目が覚めましたか。ご無事で何よりです。」

 

アキラが振り返ると、そこには黒髪を後ろで束ね、白い端末を手にした青年――Kが立っていた。

スーツの襟をきちんと正し、少し眉をひそめながらも、穏やかな微笑みを浮かべている。

 

「K……お前、生きてたのか?」

「はい。私がいなくなったと思われていたのは理解しておりますが、
 意識の接続が一時的に遮断されていただけです。
 むしろ、私のほうがアキラさんの無事を心配していたのですよ。」

 

変わらない――いや、むしろ以前よりも“整って”いる印象すらある。

Kは今も、まだ人間としてそこにいた
淡々と、だが温かく話すその姿に、アキラの胸の奥に安堵が広がる。

 

「ここは……どこなんだ。あの研究施設じゃないよな」

「ええ。どうやら、ここは“シン・メルディータウン”と呼ばれている場所のようです。
 旧施設の延長ではありません。全く異質な――“構造そのものが違う”空間です。」

「違う構造……?」

「はい。“意識構造の外部化”がなされています。
 おそらくここは、私たちの脳と繋がった、**“宇宙的な神経場”**なのだと思われます。」

Kの言葉は、まるで比喩のようでありながら、確かな現実としてアキラの頭に響いた。

 

そしてもうひとつ、後方に気配を感じた。

振り返ると、リナが立っていた。
長い髪を風になびかせ、静かにこちらを見つめている。

あの鋭さと、どこか悲しみを帯びた瞳は、あの頃と変わらなかった。

 

「目が覚めたのね、アキラ」

「……ああ。なんだか、夢を見ていたような気分だ」

 

リナは頷いた。

「夢よ。でも、それは今も続いているのかもしれないわね。
 私たち、まだ何一つ答えを知らないんだから。」

 

アキラは思った。

この都市――
この静寂で構成された神経のような都市は、まるで意識を鍛える修行のフィールドだ。

本物の世界なのか、仮想なのか、判断はつかない。
けれど確かに、自分の**“脳”と深く共鳴している”何か”**がある。

そして、彼の中に眠っていた力が――
いま、ゆっくりと目を覚まし始めていた。